先物取引の原型

先物取引は、現在では様々なところで取引されていて、株式指数やコモディティなどに設定されています。金融派生商品として使われるようになったのは欧米が先なのですが、その原型は日本にありました。
日本では、金をベースとする通貨の地域と、銀をベースとする通貨の地域があり、それに加えて米が通貨の役割を持っていたという複雑な通貨制度が存在しました。これは江戸時代までのことで、それまでは通貨で見れば日本は一つになっていなかったと言えるでしょう。
米が重要な資産であったことは言うまでもないことなのですが、そのために米市場が大阪に整備されていました。大阪堂島の米会所で行われていたのです。本格的に市場として整備されたのは世界で初めてのことで、やはり複雑な通貨制度の上には必要なものだったと考えられます。
商品先物と同じように、現物としての米のやりとりが行われる事もありましたが、このときにすでに投機的な取引は行われていました。実物の米を必要とするのではなくて、売買差益を求めるだけの取引が行われていて、帳合米とも呼ばれていたのです。帳簿上で決済をすると言うことですから、現在で言うところの差益決済と同じような取引がすでに行われていたと言えるでしょう。

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